先日、同業の友人である奈良のS先生に誘われ、奈良若草カントリー倶楽部にお邪魔した。同クラブは、1990年に開場した35年の歴史を有する比較的新しいゴルフ場である。非常に立派なクラブハウスを有し、いかにもバブリーな設計になっているがアコーディアグループの運営ということで同ゴルフ場の歴史を知りたいと思い、調べてみた。
同クラブは若草・生駒・吉野の3コース、計27ホールを備え、大型ゴルフ場としてスタートした。設計は米国PGAツアーの名選手として知られるジョニー・ミラー。関西でも話題性のあるゴルフ場として期待されていたコースだった。しかし、その後の歩みをたどると、日本のゴルフ場経営の難しさがよく見えてきた。
開場から15年後、2005年に当時の経営会社が民事再生法の適用を申請。これは日本のゴルフ場業界では決して珍しい出来事ではない。バブル期に多くのゴルフ場が開発されたものの、バブル崩壊後は来場者数の減少、会員権価格の暴落、過大な建設投資などが重なり、多くのゴルフ場が経営不振に陥った。奈良若草カントリー倶楽部もその流れの中にあった。
その後、経営はオリックスグループへと移る。オリックスは2000年代に入り、全国でゴルフ場の再生ビジネスに積極的に取り組み、多くのゴルフ場を運営するようになる。奈良若草CCもその一つとして運営されることになった。金融と事業再生のノウハウを持つ企業がゴルフ場経営に参入するというのは、この時代の特徴であった。
ところが、2018年になるとオリックスはゴルフ場事業の売却を決定する。運営していたオリックス・ゴルフ・マネジメント(OGM)の事業を、韓国系投資ファンドであるMBKパートナーズへ譲渡した。ゴルフ場ビジネスは長期投資型で収益性が安定しにくく、大企業のポートフォリオとしては必ずしも魅力的でなかったのかもしれない。
MBKはその後、ゴルフ場運営会社であるアコーディア・ゴルフとOGMを統合し、日本最大級のゴルフ場運営グループを形成する。全国に多数のゴルフ場を持つことで、スケールメリットを活かした経営を目指した。しかしその体制も長くは続かなかった。2021年にはMBKがアコーディアを米国ファンドのフォートレスへ売却し、さらに2025年には遊技機メーカーである平和がアコーディアを買収した。現在は、平和グループのもとでPGM(パシフィックゴルフマネージメント)とアコーディアが並ぶ、日本最大級のゴルフ場運営グループが形成されている。
ここで、奈良若草カントリー倶楽部の変遷をまとめてみる。
開発会社
→ 民事再生
→ オリックス
→ MBK
→ フォートレス
→ 平和グループ
と、実に多くの経営主体が入れ替わっていることが分かる。
ゴルフ場は典型的な装置産業である。広大な土地、クラブハウス、コース整備、スタッフ、維持管理費など、固定費が非常に大きいビジネスだ。一方で売上は天候や景気に大きく左右されてしまう。さらに日本では人口減少やゴルフ人口の高齢化という構造的な問題も抱えている。そのため、単独のゴルフ場として安定的に利益を出すのは容易ではない。現在は、多数のゴルフ場を束ねて運営する「グループ経営」が主流になりつつあるようで、PGMやアコーディアのような大規模オペレーターが増えているのも、そのためかもしれない。
奈良若草カントリー倶楽部の歴史は、単なる一つのゴルフ場の物語ではない。そこには、日本のゴルフ場ビジネスが歩んできた30年の変化が凝縮されていた。豪華なクラブハウスの裏側には、実は何度も経営が入れ替わるほどの厳しいビジネス環境があった。神戸からは遠いゴルフ場ではあったが、兵庫県にもアコーディア系列のゴルフ場は多数ある。アコーディアの看板を見ながら、ゴルフ場経営の悲恋に思いを巡らせてみるのも、また違ったゴルフの味わいともいえるのではないか。



