令和7年3月7日に公表された国税不服審判所の裁決事例では、納税者が自身の保有する同族会社株式の購入資金として、同族会社に約29億円を無利息で貸し付けた事案について、所得税法157条(同族会社等の行為又は計算の否認)が適用され、この無利息貸付が「納税者の所得税の負担を不当に減少させる結果になるもの」と判断され、税務署の更正処分を適法とする裁決が下された。
同様の判例として、平成16年7月20日の最高裁判決、いわゆる「パチンコ平和事件」がある。この事案でも、納税者が保有していた同族会社株式を約3,455億円で関連会社に売却し、売却代金を無利息で貸し付けたことに対して、税務署長が所得税法157条を適用し、その判断を最高裁が支持した。
私はこれまで、法人が役員や関連会社に資金を貸し付けた場合は「法人は営利を目的とする」ため、無利息であっても利息相当額が認定される一方で、自然人である社長が会社や親族に貸し付けた場合は、必ずしも営利目的とは限らず、利息を取らなくても課税上問題にならないと認識していた。それにもかかわらず、上記の事案で利息が認定されたのはなぜか。
最高裁判決(平和事件)では、「法人税質疑応答集」に掲載された一例が注目された。同書では、「会社が業績悪化により資金繰りに窮し、代表者から500万円を無利息で借りた場合、代表者は経済的利益を受けていないため、利息相当額を申告する必要はない」と書かれている。
この質疑応答集と裁決・判決の違いは、資金貸し付けの背景にある。質疑応答集の例は「会社が業績悪化で資金繰りが厳しい状況」であり、利息を取れば会社の資金繰りをさらに悪化させるおそれが考えられた。一方、今回の二つの事案では、事業継続上やむを得ない状況とは言えず、銀行などからの資金調達も可能であったことから、「利息を取ろうと思えば取れた」と判断された。しかも金額も億単位と多額であり、独立した第三者間では無利息貸付が通常あり得ないため、所得税法157条の適用が妥当とされたのだ。
税務は形式ではなく実質で課税判断される。取引の背景や経済的合理性を十分に考慮し、貸付契約書や返済計画などの証拠を整えておくことが、将来のトラブルを防ぐ上で極めて重要であると改めて感じた。



